【完全解説】シングルポットスチルウイスキーとは?

アイリッシュウイスキーの歴史と伝統を象徴する「シングルポットスチルウイスキー」。ウイスキー好きなら、一度は耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。しかし、「シングルポットスチルウイスキー」について詳しく知らない方も多いかもしれません。そこで今回は、これまで数多くのアイリッシュウイスキーを味わってきたアイリッシュコーヒー愛好家の私が、謎に包まれた(?)「シングルポットスチルウイスキー」を徹底解説します!

【完全解説】シングルポットスチルウイスキーとは?

■シングルポットスチルウイスキーとは?

シングルモルトウイスキーとシングルポットスチルウイスキーの違いを端的に説明すると、「未発芽の大麦を使用しているかどうか」です。シングルモルトウイスキーは発芽した大麦(モルト化した大麦)のみを使用するのに対し、シングルポットスチルウイスキーは発芽した大麦と未発芽の大麦を両方使用します。

ちなみに、「シングル」は単一の蒸留所で製造されたことを意味します。以下にシングルポットスチルウイスキーの条件をまとめます:

【シングルポットスチルウイスキーの条件】

・アイルランド内で製造されている
・単一の蒸留所で製造されている
★モルト(大麦麦芽)と未発芽大麦をそれぞれ最低30%以上使用すること
★オート麦、小麦、ライ麦などの穀物を最大5%まで加えてもよい
★ピーテッド麦芽の使用は禁止
・単式蒸留器で蒸留されている
・アイルランド国内で、木製の樽(最大容量700ℓ)で最低3年間熟成されている
・ボトリング時のアルコール度数が最低40%
・添加物や着色料を含まない(ただしカラメル着色〈E150a〉は可)

★がついているところが重要なポイントです。5%までなら大麦以外の穀物も使用可能ですが、現在アイルランドで造られているシングルポットスチルウイスキーはモルトと大麦麦芽の2つを原料としていることが多いです。オート麦やライ麦は大麦ほどは生産されておらず、またウイスキーの発酵や蒸留工程で扱いにくいということもあり、あえて使用する理由がなくなったと考えられます。

アイリッシュウイスキーの伝統として3回蒸留されることが多いですが、蒸留回数に関する制約はなく、2回蒸留も認められています。



【注】一番右のウイスキーは「シングルポットスチルウイスキー」ではありません!

■シングルポットスチルウイスキーの歴史

「シングルポットスチルウイスキー」が誕生した背景には、18世紀にイギリス政府が課した「モルト税」があります。この税はモルト化された穀物に課されるものでした。そのため、アイルランドのウイスキー業者は、税負担を軽減するためにモルト化していない未発芽の大麦を原料に取り入れる工夫を始めました。

19世紀になると、アイリッシュウイスキーは世界的に高い評価を受け、その中でもシングルポットスチルウイスキーは高品質な製品として賞賛されました。しかし1830年代、スコットランドのイーニアス・コフィーが連続式蒸留器「コフィー・スチル」を発明したことで、スコッチブレンデッドウイスキーが安価かつ大量生産可能になり、市場を席巻しました。一方、伝統的なシングルポットスチルウイスキーは高コストでの生産が必要だったため、競争力が徐々に低下していくことになります。

20世紀に入ると、アイリッシュウイスキー産業全体が衰退の一途をたどります。アメリカの禁酒法、第一次世界大戦の影響で輸出量が激減し、またアイルランド内戦の混乱により、国内でのウイスキー消費も減少。多くの蒸留所が経済的困難に直面し、やがて閉鎖を余儀なくされるケースが相次いだといいます。シングルポットスチルウイスキーの生産も大幅に減少し、一時期、ほぼ姿を消してしまったとも言われています。

しかし、1980年代以降、アイリッシュウイスキーは再び注目を集めるようになります。消費者の嗜好が変化し、大量生産品よりも伝統や職人気質を重視した製品が求められるようになりました。また、1988年にミドルトン蒸留所の親会社である「アイリッシュディスティラーズ社」がフランスのペルノ・リカールに買収されたことも転機となりました。これを機に、シングルポットスチルウイスキーも復活を遂げます。

さらに、2010年にはEUが「アイリッシュウイスキー」を地理的表示(GI)として認定しました。これにより、「シングルポットスチルウイスキー」がアイルランドの伝統を象徴する存在であることが公式に裏付けられることになったのです。

現在、世界のアイリッシュウイスキー市場規模は拡大しており、2023年には51億USドルに達し、スコッチウイスキーを猛追しているとされています。一時は数えるほどしか存在しなかったアイリッシュウイスキーの蒸留所も、近年では大幅に増加しています。新たな蒸留所の設立や既存施設の拡張により、生産能力が向上し、より多様な製品が市場に投入されるようになりました。特に最近設立された蒸留所の中には、シングルポットスチルウイスキーの生産を計画しているものも多く見られます。



■シングルポットスチルウイスキーの味わい

通常のアイリッシュウイスキー(シングルポットスチルウイスキー以外のアイリッシュウイスキー)と比較すると、シングルポットスチルウイスキーはスパイスやナッツ、トフィーといった複雑で奥深い香りが特徴です。また、スパイシーで重厚な味わいと長い余韻を持ち、一般的にアルコール度数が高いため、香りや味わいがより長く持続します。その結果、飲む人に深い満足感をもたらすと評価されています。



以下に、具体的なシングルポットスチルウイスキーのブランドを紹介します。まだシングルポットスチルウイスキーを味わったことがない方は、ミドルトン蒸留所が生産する「レッドブレスト12年」と「グリーンスポット」がおすすめです。

□レッドブレスト(ミドルトン蒸留所)

レッドブレスト 12年 カスクストレングス
レッドブレスト12年のカスクストレングス

ミドルトン蒸留所で造られるシングルポットスチルウイスキー「レッドブレスト」。一度ほぼ姿を消したシングルポットスチルウイスキーですが、最初に復活したと言われている「レッドブレスト」は、長い歴史を持つブランドです。ちなみに、「レッドブレスト」とは、鮮やかなオレンジ色を帯びた胸が特徴のヨーロッパコマドリ(European Robin)という鳥の名前です。(偶然にもクリスチャン・ドルーアン蒸留所でこの鳥を見かけたことがあるのですが、とても可愛いです)

アイリッシュ伝統の3回蒸留で、アメリカンオークのバーボン樽とオロロソシェリー樽の2種類で熟成されています。ヴィンテージ入りのラインナップには、12年、15年、21年、27年に加え、最近では18年が加わりました。そのほか、12年カスクストレングスやルスタウエディションなどもあります。

まだ一度もシングルポットスチルウイスキーを飲んだことがない方には、「レッドブレスト12年」がおすすめです! この12年モノは、数々の賞を獲得している、レッドブレストの象徴的なウイスキーで、私も大好きなウイスキーです。



様々なフルーツやスパイスが交差する複雑な香味に、レーズンやドライフルーツのような凝縮感のある味わい、そしてトーストしたオークのような優しい余韻。アイリッシュらしいシルキーでオイリーな酒質。素晴らしいバランス感で、飲み飽きることはありません。シェリー樽熟成のウイスキーが好きな方にもオススメできる素晴らしい銘酒です。

12年も素晴らしい銘酒ですが、15年モノは「レッドベリー」や「グレープフルーツ」のようなフレッシュなフルーツのようなアロマがあり、味わいと余韻がより洗練されています。

レッドブレスト 15年

15年や、それよりも長期熟成の21年、27年ももちろん素晴らしいのですが、レッドブレストのウイスキーを飲めば飲むほど、「12年」の出来栄えは素晴らしいと実感します。まだシングルポットスチルウイスキーを飲んだことがない方は、是非一度「12年モノ」を!(2度目・念押し!)



■スポットシリーズ(ミドルトン蒸留所)

アイリッシュシングルポットスチルウイスキー グリーンスポット

「グリーンスポット」でお馴染のスポットシリーズは、現在「レッドブレスト」と同じミドルトン蒸留所で造られています。

青リンゴやブドウ、キャンディやココナッツのような爽やかな甘みを伴う香りの「グリーンスポット」は非常にとっつきやすいウイスキーだと思います。少しライトなウイスキーなので、飲み疲れしないのもいいところ。



アイリッシュシングルポットスチルウイスキー イエロースポット

バーボン樽・シェリー樽・マラガワイン(スペインのマラガ地方で生産されるフォーティファイドワイン)樽で熟成された「イエロースポット」。「グリーンスポット」より上のグレードに位置づけられているウイスキーです。

香りはリンゴやブドウ、蜂蜜のような甘みと、白胡椒やリコリスなどのスパイス、そして干し草のニュアンス。味わいは麦の甘みにバニラやカカオ、完熟したリンゴが感じられる複雑さを宿したアイリッシュウイスキー。



個人的に、香りを拾うのが難しいなと感じているアイリッシュですが、とても美味しいウイスキーです。価格が一万円を超えてくるので、グリーンスポットが好みだと感じた方におすすめです!



□ティーリング蒸留所

2015年にアイルランドの首都ダブリンに設立されたティーリング蒸留所。数あるアイリッシュウイスキーブランドの中でもトップクラスの人気を誇るティーリングは、シングルポットスチルウイスキーはもちろん、ボルドーワインやポートワイン、マデイラワイン樽でフィニッシュさせたウイスキーのほか、30年や40年といった長期熟成モノもリリースしています。



↑こちらがコアラインナップのシングルポットスチルウイスキーなのですが、私のオススメは・・・

「シングルポットスチル ヴァージン ポルトガルオークカスク【ワンダーズ オブ ウッド#2】」です!!
熟成させる樽(オーク)の種類にこだわった【ワンダーズ オブ ウッド】シリーズの第二弾、名前にある通りポルトガルオークというあまり耳にしない珍しい樽で熟成されたウイスキーなんですが、これがとても個性的で美味しいんです。

アイリッシュシングルポットスチルウイスキー ティーリング

プルーンやプラム、レーズンにデーツを思わせる凝縮感あふれる香りに、プルーンやコケモモのジャムのような甘さと甘酸っぱいベリー、白胡椒のようなスパイス感のある味わい。甘みと酸味のバランスが絶妙で、力強い味わいが魅力です。



骨太でどっしりとしたボディで、ストレートでちびちびと飲みたいウイスキー。シングルポットスチルウイスキーの良さと、樽の個性が同時に楽しめる素晴らしい一本だと思います。



□クロナキルティ蒸留所

2018年にアイルランド南西部のコーク州に設立されたクロナキルティ蒸留所。「クロナキルティ」とは地名の名前で、9世代にわたって農業を営んできた一家が興した蒸留所で、地元の穀物を活用して伝統的なウイスキーづくりを行うという理念・フィロソフィーを持っています。

比較的新しいということもあり、日本ではまだそこまで認識されていない印象を受けるクロナキルティ蒸留所ですが、現在は様々なウイスキーのラインナップを有しており、シングルモルトやシングルグレーンや、そしてシングルポットスチルウイスキーも造っています。



ウイスキーの熟成には、バーボン樽といった多くの蒸留所で使われるものだけでなく、ラムカスクやポートカスク、そしてインペリアルスタウトやペールエールといったビール樽を使用するなど、様々な試みをしている蒸留所です。

クロナキルティ蒸留所のウイスキーを数本程度しか飲んだことのない私ですが、アイリッシュウイスキー特有のオイリーな酒質は控えめで、純粋さと繊細さ、そして奥行きのある印象があります。口にすると、「あ、クロナキルティだ」と思わせる個性を感じるのですが、もっと言語化したい・・笑

アイリッシュシングルポットスチルウイスキー クロナキルティ

クロナキルティの中でも特に気に入っているのは、上の写真にあるスモールバッチ(シングルポットスチルウイスキーではありません!)です。

シングルポットスチルではないのですが、とても美味しいので紹介させてください。



バーボン樽で10年熟成されたグレーンウイスキーと、4年熟成されたモルトウイスキーをブレンドし、アメリカンオークの新樽とトーストとリチャーを施したボルドー産ワインオーク樽にそれぞれ3~6ヶ月間後熟させた一本で、レモンやラズベリーのようなフレッシュさと、麦のクリームとでも言いたくなるような優しい甘い香りがあります。味わいは、ミルキーで少しスパイシー。木苺のような甘酸っぱさもあります。

アイリッシュウイスキーを深く知りたい方は、キルナキルティのシングルポットスチルだけでなく、こちらも是非お試しあれ!



□ジェムソン シングルポットスチル

ジェムソン シングルポットスチルウイスキー

世界で一番売れているアイリッシュウイスキー「ジェムソン」のシングルポットスチルウイスキー。モルトと未発芽大麦を原料とし、3回蒸留で生産されています。熟成にはバーボン樽とシェリー樽に加え、アイリッシュオーク、ヨーロピアンオーク、アメリカンオークの計5種類の樽が使われています。

5,000円以下で手に入るシングルポットスチルの中で、ピカイチに美味しいと思うウイスキーの1つです。2023年12月4日からEコマース限定で発売されており、日本国内だとAmazonで購入可能です。



麦のクリームや赤い果実、針葉樹林を想わせる香り。カシューナッツやトフィー、和三盆のような甘さと、シナモンのようなスパイスが交差する複雑な味わい。バターやアボガドのようなオイリーな酒質で、余韻にはオークがふわりと香ります。

シングルポットスチルウイスキーを理解するうえで、とても大切な1本。個人的には小説を読みながら、グラスを傾けたいと思えるウイスキーです。



□バスカー シングルポットスチル

バスカー シングルポットスチルウイスキー

ロイヤルオーク蒸留所で製造されるアイリッシュウイスキー。アイルランド南東部のカーロウ州に位置するロイヤルオーク蒸留所は、アイルランドで唯一「シングルモルト」「シングルグレーン」「シングルポットスチル」の3種類のウイスキーを生産できる施設を持つことで知られています。

日本で流通し始めた当初は品薄になることもあり、特に「シングルポットスチル」は長らく入手が難しい時期が続いていましたが、現在はECサイトや酒屋でも見かけるようになりました。バーボン樽とシェリー樽で熟成された原酒をブレンドした「シングルポットスチル」は、レッドブレストやグリーンスポット、ジェムソンとは、少し異なる特徴的な香りが楽しめます。



熟したリンゴやシナモン、クローブのようなスパイスの香りに加え、プロポリスを思わせる独特のアロマも感じられます。このプロポリス様の香りが非常にユニークで、薬草や樹脂に似た甘みを含んだこの香りは、タスマニアで造られるシングルポットスチルウイスキーの多くにも通じるものがあります。

個人的にはあまり好みの香りではありませんが、個性的な特徴を持つウイスキーなので、シングルポットスチルの魅力を知るうえで一度試してみるのも面白いかもしれません。



ハンターアイランド シングルポットスチルウイスキー

日本ではあまり知られていませんが、オーストラリアのタスマニアでも、アイルランドの伝統的な製法でウイスキーを生産している蒸留所があり、中には「シングルポットスチル」スタイルのウイスキーも少なくありません。

現在のアイルランドで生産されているシングルポットスチルはモルトと未発芽大麦の2つのみを原料としているところが多いですが、タスマニアで生産されているシングルポットスチルは、モルトと未発芽大麦に加え、オート麦も使われていることがあります。上の写真にあるハンターアイランド蒸留所が手がけるシングルポットスチルウイスキーも、モルト・未発芽大麦・オート麦を原料としています。

アイルランドのシングルポットスチルウイスキーについて興味がある方は、こちらの記事もチェックしてみてください!

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